週末の一行語録解説【10/31号】

■自分がやった方がうまくやれるというのは当たり前。自分の基準で評価しているのだから

私は家にいる時にあまり家事をしません。

 

「イクメン」や「カジメン」というスタイルが当たり前になっている中、このようなことを言うと批判されるかもしれませんが、これには理由があるのです。

 

その理由というのは、数年前にたまには家事を手伝ってみようと思い、皿洗いを買って出てみたのです。

 

学生時代に、居酒屋やバーで働いていた経験もあったため、皿やグラスを洗うスキルぐらいは持ち合わせています。

 

私「(グラスはフチを入念に洗うことがコツなのだよ、こんなことを知っているのも昔取った杵柄というやっちゃなぁ~)」※心の声

 

そして、シンクにあった皿やグラスを次々と洗い、すべてを水切り台の上に乗せ、食器を洗い終えました。

 

手際よく(あくまで主観ですが)洗い物を終え、キッチンから出ようとすると嫁から指摘が。

 

嫁「まだヌメリがあるよ」

 

私「いやいや、何言ってるんだよ、ちゃんと洗えてるわ!」

 

嫁「いや、この皿の裏のヌメリが取れてない」

 

私「そんなことあるか!全然スベスベやわ!」

 

嫁「まぁいいよ。やり直しとくから」

 

私「(チキショー、手伝いして文句言われるならもうやらん!)」※心の声

 

おそらく、嫁の心の中では「私がやらなければしっかりと洗えないわ」と思われたのだろう。

 

そして皿洗いは任せられないと・・・

 

ビジネスでもあまり人に仕事を任せられないという人はいます。

 

資料作成などを部下や他のスタッフに任せれば良いのに、

 

「部下に任せると質が落ちるんです」

「この仕事は私しかできないので、私がやっています」

「教えるのに時間がかかるし、結局出てきたものを手直ししないといけないので」

 

など、仕事を他に任せられない人というのは山のようにいます。

 

しかし、部下や他のスタッフがやった仕事がなぜ質が低いと感じるのかというとそれは自分の価値基準で見ているからなのです。

 

自分の価値基準で見ている以上、自分のアウトプットが最適であるのは当たり前で、あなたの望む100%のモノを他人が作り出すことなどできないのです。

 

部下やスタッフに100%のモノを望むのではなく、60%ぐらいで当たり前。

 

あとはそのアウトプットで本当に顧客の反応が変わってくるのかを検証すべきです。

 

もしかしたらあなたが過剰品質になっているだけかもしれません。

 

そして100%のモノを求めている以上、あなたはいつまでも忙しいままです。

 

忙しいから抜け出すためにも、「自分の価値基準での100%」を求めることをやめる。

 

おそらくあなたが思うほど、仕事に支障は出ないはずです。

 

追伸:今日は家事をしていないことに対する言い訳をしましたが、いつも何も文句を言わずに家事や子育て全般をやってくれている嫁には本当に感謝しています。

 

また、チャンスを伺いながら皿洗いのリベンジを果たしてみせます。

 

2015年10月31日コラム営業