【1年後のイメージがクリアな人は、1年後、そのイメージ以上に成長している】

「1年後のイメージがクリアな人は、1年後、そのイメージ以上に成長している」

 

このメルマガのタイトルを見た時に、ふと半年前のことを思い出しました。

 

半年前に何をしたのか?

 

それは2年後の自分のあるべき姿を設定したのです。

 

年の初めによく目標設定する人はいると思いますが、私はあることをきっかけに2年後の目標を6月に設定したのです。

 

内容を読んでみると、本当に感心してしまうことがたくさんあります。

 

感心してしまうというのは、なぜだかそこで書いたことの多くが実現、もしくは実現の方向性に向かっているという事なのです。

 

私はそのあるべき姿を記載したシートは随分と見ていません。

 

ただ、その目標を設定する時は、今の価値観がどのように形成されたのか、その価値観をどのように変えなければならないのか、あるべき倫理観など・・・

 

色々なことを3か月間思考した上での目標設定でした。

 

人間というのはおもしろいもので、本当に深く考えた上での目標設定は紙を見ずとも覚えているようです。

 

いや、覚えていた訳ではありませんね。

 

この紙を見る前はおぼろげにしか思い出せませんでしたので。

 

無意識下で記憶していたという事なのでしょうか?

 

見事なぐらい向かうべき方向性に動いているという事が分かりました。

(中には実行していないこともいくつもありますが)

 

この目標設定で行った自分自身の価値観を明らかにするというのは、自分の判断軸を知る上で大いに参考になりました。

 

私はキレイ事を異様に嫌う傾向があります。

 

「がんばっていれば・・・」とか「信じていれば・・・」みたいなことを聞くとどうしても「は?」となってしまいます。

 

正直、嫌悪感すら抱いてしまいます。

 

しかし、この価値観を形成したのは前職での経験に大きく左右されている自分に気づかされました。

 

どれだけ頑張っていても倒産する会社。

 

どれだけ頑張っていても業績低迷から脱却できない自分。

 

営業では劣等感を持ちながら、回収に行く時は地に落ちた人々のもとに行く。

 

この経験が繰り返されていく中で、徐々にキレイ事をいう存在が嘘くさく思えてきたのです。

 

「現実はそんなに甘くねぇよ」

 

そんな言葉が妙にしっくりきますし、またこういった考え方が自分を成長させたという思いもあります。

 

しかし、この半年前に2年後のあるべき姿を設定する前に、こんなフレーズが私に刺さりました。

 

「リーダーぐらいキレイごと言わないと、誰がキレイごと言うの?」

 

キレイごとっていうことぐらい分かってるわ、でもそれを分かってて言うのがリーダーでしょ?

 

これを聞いた時に、何かレベル感の違いというものを思い知らされたのです。

 

そしてその価値観を修正すべく設定した目標。

 

これが徐々に実現に向かっていっているのです。

 

 

1年後の姿はクリアか?

 

 

 

 

 

あなたは1年後の姿がクリアになっていますか?

 

それは今と変わらない自分がそこにいるではあまり意味がありません。

 

何かを変えた結果、新しく何かを得ているという状態が好ましい。

 

これまでの延長線上ではなく、何かを変えるたった一つの大きな変化。

 

これは企業でも同じ。

 

毎年、中計を計画立てていても単にこれまでの延長線上の数字の羅列であれば何も意味を成しません。

 

新たにどのような変化を起こしていくのか。

 

この計画に至る思考が深ければ深いほど、その記憶は鮮明になり、無意識下で自分を動かす結果につながります。

 

魂を込めた計画。

 

期はスタートしていても全く遅くはありません。

 

是非、やってみてください。

 

 

追伸:昔は魂を込めるとか無意味+感情系の言葉が大嫌いでしたが、今はそうでもなくなってきています。

 

 

2020年11月28日コラム営業